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室町・戦国時代の歴史・古文書講座

歴史学研究者、古文書講師の秦野裕介がお届けする室町・戦国時代の知識です。

後花園天皇の生涯

後花園天皇の生涯−永享九年正月一日〜十二月三十日

永享九年 正月一日、四方拝、小朝拝、御薬供御、元日節会、出御 看聞日記、師郷記、続史愚抄 二日、殿上淵酔 看聞日記、続史愚抄 五日、叙位 看聞日記、師郷記、続史愚抄 七日、白馬節会 看聞日記、師郷記 八日、後七日御修法、太元帥法 東寺執行日記、続史…

後花園天皇の生涯−永享八年正月一日〜十二月三十日

永享八年 正月一日、元日節会、供御薬 看聞日記、続史愚抄 二日、殿上淵酔、供御薬 看聞日記 五日、叙位 続史愚抄 七日、白馬節会 看聞日記 八日、後七日御修法、太元帥法 東寺執行日記、続史愚抄 十一日、県召除目延引 続史愚抄 十六日、踏歌節会 看聞日記 …

後花園天皇の生涯−永享七年正月一日〜十二月三十日

永享七年 正月一日、当代初度の四方拝、小朝拝、供御薬、元日節会 看聞日記、師郷記、続史愚抄 二日、殿上淵酔 看聞日記 五日、叙位 看聞日記、師郷記、続史愚抄 七日、白馬節会 看聞日記、師郷記 八日、後七日御修法 満済准后日記、東寺執行日記、東寺長者…

後花園天皇の生涯−永享六年正月一日〜十二月三十日

永享六年 正月一日、四方拝、小朝拝を停止、元日節会停止、平座、諒闇による 看聞日記、師郷記、満済准后日記 二日、殿上淵酔停止 看聞日記 五日、叙位停止、諒闇による 看聞日記、師郷記、続史愚抄 七日、白馬節会停止、諒闇による 師郷記、満済准后日記 八…

後花園天皇の生涯−永享五年七月一日〜十二月三十日

看聞日記 七月十二日、祈雨奉幣 師郷記 十八日~二十七日、永享の山門騒動、延暦寺の強訴や馬借の入洛に備え、源氏物語などを火災に備えて貞成親王に預ける。足利義教、もし神輿が内裏に侵入の際には動座を奏上 看聞日記、師郷記 閏七月三日、馬借京都に侵入…

後花園天皇の生涯−永享五年正月一日〜六月三十日

永享五年正月一日、四方拝停止、小朝拝あり。元日節会、出御 看聞日記、師郷記、管見記 二日、殿上淵酔 看聞日記 三日、紫宸殿で元服、加冠摂政太政大臣二条持基、理髪左大臣足利義教、御遊 看聞日記、椿葉記、管見記、薩戒記、師郷記、御遊抄、続史愚抄 四…

後花園天皇の生涯−永享四年正月一日〜十二月三十日

永享四年正月一日、四方拝停止、小朝拝、元日節会、出御 師郷記、看聞日記、続史愚抄 二日、殿上淵酔、出御 看聞日記 五日、摂政二条持基の直盧で叙位 看聞日記、師郷記、続史愚抄 七日、白馬節会 看聞日記、満済准后日記、師郷記 八日、後七日御修法、太元…

『新撰長禄寛正記』における後花園天皇

『新撰長禄寛正記』は名前の通り、長禄・寛正年間(1457〜1466)までの畠山氏の内紛などを中心に幕府の動きを記録した史料です。文明年間には成立していたと考えられていますが(群書解題)、後花園天皇を「御花苑院」と書いているところを見ると、…

後花園天皇の生涯−永享三年正月一日〜十二月三十日

永享三年の後花園天皇の動静です。 非常に安穏に、何事もなくのんびりと進んでいるように見えますが、実はこの年には畠山満家、細川持之らが足利義教に意見を進言するとか、義教が非常に頼りにしていた大内盛見が戦死するとか、飢饉で米価を釣り上げる商人が…

後花園天皇宸翰消息

後花園天皇の宸翰消息です。宸翰とは天皇の直筆のことです。後花園天皇の宸翰消息は散らし書きという特殊な書き方で書かれています。 しかし読みたい現物は宮内庁の所蔵で、国文研のサイトに載せられていますが、思いっきり「禁無断転載」とあります。こんな…

後花園天皇の生涯−永享二年十月一日〜十二月三十日

十月一日、旬、平座 師郷記、建内記 十月七日、太政官庁で御禊次第司着座、この夜内宮上棟日時定 師郷記 十四日、御禊点地、この日貢馬御覧 看聞日記、師郷記、 十九日、御禊幄分、御井点地、この夜祈晴奉幣行われ、また女騎馬御覧 師郷記 二十日、太政官西…

後花園天皇の生涯−永享二年七月一日〜九月三十日

七月七日、乞巧奠 師郷記 二十五日、足利義教右大将拝賀、清涼殿に出御しこれを受ける 看聞日記、建内記、師郷記 ちなみにこの時の大名一騎打ちに一色義貫ではなく畠山持国を選んだことに義貫が怒って参列を拒否したために大騒ぎになって、厳罰を主張する義…

後花園天皇の生涯−永享二年正月一日〜六月三十日

正月一日、四方拝停止、御座を設定、幼少ゆえ。小朝拝、元日節会、万機旬以前のため出御なし 師郷記、管見記、続史愚抄 五日、叙位を延引 管見記、師郷記、満済准后日記、続史愚抄 六日、摂政二条持基の直盧で叙位追行 管見記、師郷記、薩戒記目録、続史愚抄…

後花園天皇の生涯−永享元年九月五日〜十二月三十一日

九月五日、代始改元、正長二年を永享元年に 師郷記、元非別抄、続史愚抄 ちなみに出された候補は以下の通り(カッコ内は出典)。 建定(史記)、嘉観(史記)、永同(後漢書)、久和(周礼)、元喜(周易)、永寧(漢書志)、文安(尚書)、天和(荘子)、仁…

後花園天皇の生涯−正長二年四月〜九月四日

四月一日、平座 師郷記 八日、平野祭 師郷記 九日、梅宮祭 師郷記 二十日、日吉祭 師郷記 二十一日、賀茂祭 師郷記、満済准后日記、薩戒記目録、続史愚抄 二十四日、吉田祭 師郷記 二十六日、石清水八幡宮一社奉幣 薩戒記目録、師郷記 六月三日、止雨奉幣 薩…

後花園天皇の生涯−正長二年正月〜三月

正月一日、四方拝御座を設けたが出御なし、幼冲による。この日小朝拝に出御、夜に元日節会、ただし万機旬(ばんきのしゅん、新天皇が即位御初めて行う旬政。旬政は紫宸殿で政事を視て宴を賜る儀式)以前のため出御なし。 薩戒記 五日、摂政二条持基の直盧(…

後花園天皇の生涯−正長元年九月〜十二月

九月九日、重陽の節句、平座(天皇の出座のない形式の儀式) 薩戒記、薩戒記目録、続史愚抄 十五日、石清水八幡宮放生会追行 管見記、薩戒記目録 十月一日、平座 薩戒記目録、続史愚抄 十七日、造太政官庁日時定 建内記、薩戒記目録、続史愚抄 二十三日太政…

後花園天皇の生涯−正長元年八月

八月 一日、八朔の儀 満済准后日記 四日、称光天皇の遺詔奏。警固・固関・廃朝三日・北野祭岩清水八幡宮放生会延引・釈奠駒牽停止等の宣下、天皇錫紵(しゃくじょ・しゃくちょ)を着す、倚盧下御の儀(倚盧殿の儀)はなし、安楽光院にて称光天皇の初七日、二…

後花園天皇の生涯−生誕〜践祚

凡例 宮内庁編『後花園天皇実録』をもとに「年月日、事項、典拠史料名」を記述。後花園天皇の事績とその典拠史料を調べやすいようにまとめる。底本にしたのはゆまに書房の『後花園天皇実録』 天皇皇族実録 vol.85~87 後花園天皇実録 全三巻 - ゆまに書房 天…

後花園天皇の生涯

後花園天皇 当初の加後号は後文徳天皇、出典「親長卿記」「続神皇正統記」 後文徳天皇という加後号は「後」に諡をつけたものであったために、一条兼良から批判が出て後花園天皇に変更されている。 諱は彦仁。伏見宮貞成親王(後崇光院)の第一皇子(第二子)、生…

後花園天皇の生涯

このブログのもう一つのコンテンツです。後花園天皇の生涯について見ていきます。 後花園天皇は今の数え方では102代天皇です。ちなみに当時の数え方では104代にあたります。当時の数え方は今と比べて神功皇后を足して、弘文天皇、仲恭天皇を引きます。…