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室町・戦国時代の歴史・古文書講座

歴史学研究者、古文書講師の秦野裕介がお届けする室町・戦国時代の知識です。

歴史雑記帳

薄命の明主、二条天皇

立命館大学の近所に二条天皇陵の香隆寺陵(こうりゅうじのみささぎ)があります。 阪急から市バスに乗って立命に向かうと、衣笠校前で降りることになるわけですが、衣笠校前のバス停のすぐ近くの道をまっすぐ西に向かうとすぐに二条天皇陵に出ます。 www.kun…

ハイホー!7dと足利義教

ハイホー!7d、と言っても分かっていただけない方が多いと思います。ディズニージュニアで放映している「白雪姫と七人の小人たち」のスピンオフ番組です。若き七人の小人たちがしあわせ女王様を魔法使いのヒルディ・グリム夫妻から守る、という話です。 『…

本当に強い戦国武将は誰かベスト5私案

Qさま!で6月24日に放映された「本当に強い戦国武将ベスト15」がいろいろ言われているようで、そもそも「強い」ってどういう意味なのか、とかまあ悩むわけですが、普通に考えれば結果で見ても織田信長・豊臣秀吉・徳川家康に集中するだろうな、というこ…

最凶のヒャッハー源義親

今日のオンライン日本史講座のまとめです。 源義親は源義家の嫡子です。対馬守だった時に九州を横行し、略奪を働いています。時に1101年のことです。大宰大弐大江匡房からの訴えで義親は隠岐国に流罪となりますが、出雲国に渡り、そこで反乱を続けたため…

後花園天皇をめぐる人々−細川持之、後花園天皇綸旨発給の決断

嘉吉の乱で足利義教が弑殺され、細川持之が幕政を掌握することになりましたが、持之の優柔不断、無能ぶりが強調され、綸旨を出して嘉吉の乱を終わらせた後花園天皇の引き立て役になっている、というイメージがあります。 しかし実際には持之はかなり果断に嘉…

室町時代に伏見に飛来したペリカン

こんな記事を見つけました。 www.ndl.go.jp ここのペリカンの説明によると永享2年に京都伏見の舟津で捕らえられたのが日本における最古の記録、ということで、後花園天皇と貞成親王に関することには食いつく拙ブログとしてはこれは触れないわけにはいきませ…

後花園天皇をめぐる人々−細川持之、嘉吉の乱に翻弄された悲運の管領

久しぶりの「後花園天皇をめぐる人々」です。 今日取り上げるのは「決められない政治」の象徴と某公共放送でレッテルを貼られてしまった細川持之です。これは某公共放送だけでなく、多くの先学がそう行っているので、通説に従う限り、細川持之は「決められな…

足利義教と後花園天皇のどちらが上だったのか

久しぶりの歴史雑記帳です。令和改元便乗企画である後花園天皇の改元が終わりましたので、平常運転で「後花園天皇ノート」をはじめとした「歴史雑記帳」をお送りいたします。 表題の「足利義教と後花園天皇のどちらが上だったのか」という問題ですが、一言で…

昔の改元の時の候補とその出典を見てみよう8−長禄から寛正へ−

長禄四年(一四六〇年)十二月二十一日、改元が行われました。「大乗院日記目録」によれば「五穀不熟旱損蟲損飢饉」とあります。前回も触れた寛正の飢饉です。 寛正の飢饉については以下のエントリで述べた他、いくつかのエントリで触れています。 sengokuko…

相生歴史研究会古文書講座の講師をZoomを使って務めました!

今、講師業やコンサルタント業、コーチ業など、いわゆる「先生業」と言われる業種で注目されているのがZoomです。 以前にも触れましたが、オンラインでつながれたテレビ会議です。同様のシステムにSkypeがあります。 Zoomを使ってオンライン講座を開いており…

第18回京都学セミナーが無事終了しました!

京都歴史回廊協議会主催の第18回京都楽セミナー「後花園天皇と嘉吉の乱・応仁の乱」本日無事終了いたしました。 京都学セミナー会場準備中 後花園天皇が数多くの戦乱に関わる中で自らのプレゼンスを高めていく過程についてお話ししましたが、その中で自分…

昔の改元の時の候補とその出典を見てみよう7−康正から長禄へ−

令和改元便乗企画です。後花園天皇の代における改元の候補とその出典を出します。 本来この日は「後花園天皇の生涯」の後継企画をしなければならないのですが、まだ用意できないのと、前回この改元便乗企画を飛ばしてしまったので本日アップします。 今回は…

昔の改元の時の候補とその出典を見てみよう6−享徳から康正へ−

令和改元便乗企画です。 今回は享徳から康正への改元です。「兵革」ということです。 享徳の乱がやはり大きいでしょう。足利成氏が対立していた上杉憲忠を暗殺し、享徳の乱が勃発します。 改元は七月二十五日です。 少納言侍従文章博士菅原為賢(五条) 大応…

昔の改元の時の候補とその出典を見てみよう5−宝徳から享徳へ−

令和改元便乗企画です。 宝徳四年から享徳元年への改元です。 三合厄と赤斑瘡流行による、と『建内記』にはあります。三合厄は陰陽道による厄年で、大歳・太陰・客家の三神が合することを言うようです(『日本国語大辞典』)。赤斑瘡(あかもがさ)は麻疹(…

昔の改元の時の候補とその出典を見てみよう4−文安から宝徳へ−

平成から令和への改元に便乗した企画です。平成最後の改元便乗企画となります。次回の宝徳から享徳への改元が令和最初の改元便乗企画です。後花園天皇はかなり改元を好んだようで、改元すると支持率がアップでもしたかのようです。 文安六(一四四九)年、四…

昔の改元の時の候補とその出典を見てみよう3−嘉吉から文安へ−

平成から令和への改元に便乗した企画、後花園天皇の時期の改元の出典を見ようという企画です。一体どのような改元案が、どのような出典に基づいて出されていったのか、ということを見ることで、間も無くとなった改元がより身近に感じられると思います。 この…

昔の改元の時の候補とその出典を見てみよう2−永享から嘉吉へ−

改元便乗企画です。今回は永享から嘉吉への改元を取り上げます。 永享十三(一四四一)年は干支が辛酉に当たりますが、辛酉の年は天命が改まる時で、革命が起こるので改元するという習わしになっていました。これを辛酉革命説といいます。神武天皇の即位の年…

昔の改元の時の候補とその出典を見てみよう1−正長から永享へ−

新しい元号が決まりました。令和ということで、『万葉集』から採用されました。 月曜日深夜更新の企画は古文書入門ですが、ここはしばらく便乗企画で、後花園天皇の時の改元の出典を見ていくことにします。今日は新元号発表の日ということで、古文書入門をお…

後小松上皇のお引越し

毎週水曜日の深夜の更新の歴史雑記帳です。 今日は後小松上皇と足利義持の人間関係について考えてみたいと思います。 一般にはよかった、というのが多数説です。義持はしばしば後小松の仙洞御所に参院しています。この回数が非常に多く密接な関係がうかがえ…

オンライン日本史講座三月第四回「後鳥羽院政」2

3月28日(木)午後8時30分からのオンライン日本史講座のお知らせです。 下のリンクでは題名が違うものになっていますが、日付に従ってくださいますようお願いします。 ticket.asanojinnya.com 源頼朝の死後、鎌倉幕府が動揺することはよく知られています…

オンライン日本史講座「後白河院政」

昨日のオンライン日本史講座です。 研究者と学ぶ日本史11_後白河院政と平清盛 - YouTube 一部の抜き出しはこちらです。18分前後の動画なのでお時間のない場合にどうぞ。 ハイレベル日本史31_平治の乱 - YouTube ハイレベル日本史32_後白河法皇と源頼朝 - Y…

ベストセラーを狙うには

『「本を出版したい」あなたへ贈る、ナイショの知恵袋』という本があります。 「本を出版したい!」あなたへ贈る、ナイショの知恵袋(アンチョコ): 普通の会社員の私が、なぜ、1年間に5冊を出版できたのか? ここの中で非常に印象に残ったのが「絶対に売…

室町時代の年号

室町時代というのは意外と改元が少なめです。 例えば応永という年号があります。何と35年。これは前近代では最長不倒記録です。現在でも昭和(64年)、明治(45年)に次いで3位につけています。 応永の年号は疫病の流行により改元されています。出典…

Zoomの可能性

今日の午後8時30分からのオンライン日本史講座ですが、Zoomというシステムを使用しています。 ticket.asanojinnya.com 下の方にZoomの使い方が書いてあります。 Zoomとは、ネットを利用したテレビ会議システムです。 これが優れているのは、Zoomをインス…

ブログ、フェイスブック、ツイッターを如何に使うか

ブログ、フェイスブック、ツイッター、インスタグラムを使いこなす歴史学関係者も多いと思います。私も一応この全てを使っています。 ただどう使い分けるか、と言う事でいえば私も随分試行錯誤してきました。私なりの経験から得た考えをここに書いてみます。…

「後西天皇」という奇妙な加後号について

前回のオンライン日本史講座で本筋とは関係ないところで話題になったのが天皇の追号です。 ticket.asanojinnya.com 本題は「日明貿易と倭寇」だったのですが、天皇の追号に話がずれて、そこで「後西天皇」という妙な名前の天皇について話題になりました。 ち…

九州南朝方の中心ー征西将軍宮懐良親王

征西将軍宮懐良親王といっても知らない方も多いのではないでしょうか。 懐良親王は後醍醐天皇の皇子です。第何皇子かはわかりません。なんせたくさんいますから。1329年生まれですから、かなり下の方です。後醍醐天皇の皇子の中でも没年はかなり遅い方の…

「日本通史の決定版」発売に便乗してみる

日本通史の決定版と銘打った本が大評判(いろんな意味で)。 ここは一発『天皇紀』でも執筆して儲けるか。 というわけで出版企画書を書いてみた。 (最後のオチは立命館アジア太平洋大学の学生さんはわかるんじゃないかな。基本は最後のオチにつなげるネタで…

「正統」思想はいつ始まったか

「正統」(しょうとう)思想は室町時代特有の皇位継承原理です。 天皇系図を幹と枝葉で区別し、幹を「正統」とし、枝葉を非「正統」の天皇と区別し、「正統」の天皇の子孫が永続する、と考えます。 もちろん皇位継承がスムーズに行われている場合は「正統」…

「正統」について

北畠親房の主著「神皇正統記」をこのブログを読んでいらっしゃる方の多くはご存知だと思います。読みが「じんのうしょうとうき」であることもここで改めて書く必要もないとは思います。 この書名は「神皇」の「正統」を記すために南朝方の重鎮の北畠親房が書…