記載されている会社名・製品名・システム名などは、各社の商標、または登録商標です。 Copyright © 2010-2018 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.

室町・戦国時代の歴史・古文書講座

歴史学研究者、古文書講師の秦野裕介がお届けする室町・戦国時代の知識です。

後花園天皇、やってしまいかける

永享十年のことです。

 

足利義教が桜の枝を後花園天皇に献上しました。

 

後花園天皇はそれに対して「御製」(天皇自作の和歌)を贈ります。

 

すゑとおき 八百万代の 春かけて 共にかざしの はなをみるかな

 

それに対して義教からは次の二首が返ってきました。

 

すゑとおき 君にひかれば 万代の 春まで花や ともにかざさむ
今夜しも 君がこと葉の 花をみて 袖にも身にも あまるうれしさ

 

それに対して後花園天皇から再び御製が返されます。

 

たぐひなき 君がこと葉の 花かづら かけていく世も かはらずぞみん

 

しかしここで後花園天皇はハタと気づきます。

「もしかして、天皇であるオレが臣下である義教に『君』なんて主君みたいな言い方してもいいものなのか?」

 

そこで父親の貞成親王のもとに御乳人を遣わして尋ねさせます。しかし御乳人もその生誕からずっと面倒を見ているとはいえ、こんな話まで付き合わされて大変です。

 

貞成親王は一日調査をしてから結論を出しています。やっぱりまずかったのです。「君」という言葉は天皇上皇、でなければ恋人に使うもののようです。義教が後花園天皇の主君である、という意味か、義教が後花園天皇の思い人である、という意味にしかならない、ということになってしまいました。

 

後花園天皇は慌てて御製を差し替えます。

 

ことの葉の ふかきなさけの 花かづら かけていく世も かはらずもみん

 

これでことなきを得ました。しかし後花園天皇の中に足利義教を「君」という言葉で表したい(この場合は思い人ではなく、主君)ほどには彼の中に「室町殿によって存在している自分の天皇という地位」というのが内面化していたことが興味深いです。