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室町・戦国時代の歴史・古文書講座

歴史学研究者、古文書講師の秦野裕介がお届けする室町・戦国時代の知識です。

歴史雑記帳

豆腐メンタルの足利義教

足利義教と言えば極めて強い意思で弱体化した日本を立て直し、琉球まで支配したスーパーマンであるという幻想が通用しています。 そのバリエーションが南部氏と安藤氏の戦いに介入し、南部氏に対して御内書を出して強く和睦を勧めたためにさすがの南部氏も義…

足利義教はなぜ北海道から沖縄までを支配したスーパーマンとなったのか

足利義教はしばしば織田信長のモデルともなった強力なリーダーシップを持った強烈な独裁者というイメージを持たれています。もっとも織田信長は足利義教のことを「悪御所」とディスっていますから、信長が義教のことを基本的には評価していなかったことが伺…

足利義教が琉球を島津氏に与えたというデマは潰す必要があります2

足利義教による「嘉吉附庸説」なる怪しい議論があります。1983年に完膚なきまでに叩き潰され、これまで琉球に言及する歴史学研究者はまずそれを何らかの事実を踏まえている、とは考えない代物ですが、一般書で歴史学者の肩書きでこれを取り上げる人がい…

足利義教が琉球を島津氏に与えたというデマは潰す必要があります

足利義教が琉球を島津氏に与えた、というデマがあります。これはデマと言って何ら問題はありません。これは学問上ではすでに否定され、決着がついている問題ですが、いまだにネット上では信じられているデマでもあります。多くの義教関係の著作や琉球関係の…

足利義教は「天台開闢以来の逸材」だったか?3

足利義教の評伝ということになりますと、従来の足利義教論との最大の差異化ポイントは、青蓮院門跡義円時代をいかに描き出すか、ということだと思います。 この際に避けて通れないのが石崎建治氏の論文「天台座主青蓮院門主義円時代の足利義教についてー永享…

足利義教は「天台開闢以来の逸材」だったか?2

足利義教の評伝に際しては「義教スゲ〜」説についてしっかり考察する必要がありそうです。 これはもちろん義教が凡庸であった、ということを主張したいのではありません。義教が相当有能であったことは当時の記録から見ても間違いがありません。しかし義教を…

足利義教は「天台開闢以来の逸材」だったか?

ここのところエントリに多くアップしている足利義教ですが、彼が将軍になる前は青蓮院門跡という天台宗比叡山延暦寺で天台座主大僧正も務めた高僧であることも有名ですね。 ただ引っかかるのが「天台開闢以来の逸材」という言葉です。義教の聡明さを示すいい…

足利義教は「天台開闢以来の逸材」だったか?

ここのところエントリに多くアップしている足利義教ですが、彼が将軍になる前は青蓮院門跡という天台宗比叡山延暦寺で天台座主大僧正も務めた高僧であることも有名ですね。 ただ引っかかるのが「天台開闢以来の逸材」という言葉です。義教の聡明さを示すいい…

足利義教と織田信長

足利義教と織田信長と言えば似たもの同士扱いです。 確かに比叡山焼き討ちとか、強圧的な政治とか、沸点や発火点が極めて低くすぐにキレるところとか、確かによく似ています。 しかしだからと言って信長が義教を目標にしていた、とかいうのは冗談のレベルで…

足利義教評伝の構想2

足利義教評伝構想の続きです。 sengokukomonjo.hatenablog.com 足利義教は誤解されやすい人物です。足利義教に関する誤解と言えば、二言目には「凶暴」「狂気」と出ます。実際義教には執念深いところがあり、それがしばしば特に後小松天皇関係者に現れること…

織田信長と正親町天皇の関係はどうだったの?

大河ドラマ『麒麟がくる』、織田信長と正親町天皇の関係が悪化し、間に立つ明智光秀の心労が増している、という話のようです。 実際信長と正親町天皇の関係はどうだったのでしょうか。 従来、信長は自分の意のままにならない正親町天皇を退位させ、自分に都…

『乱世の天皇』の秦野裕介が嘉吉の乱を書くと

『乱世の天皇』の秦野裕介が嘉吉の乱を書くと というか、もう『乱世の天皇』の中に書いてあるし。何格好つけてんだ、というネタでしかありません。 これが『乱世の天皇』の秦野裕介が安倍晋三政権を総括する、とかだったら格好がつくのですが、肝心の中身が…

足利義教にまつわる誤解

足利義教の評伝をいつかどこかで書こうと決めましたが、まずはネタ作りです。 NHKの「知恵泉」という番組でそういえば足利義教が取り扱われていました。ググってみるとその番組の中身が分かりました。ただかなり違うんじゃないかな、と思わせるところがあり…

足利義教の評伝の構想

後花園天皇の評伝を書くと、次の課題は足利義教の評伝です。 言わずと知れた室町幕府六代将軍です。足利義満の子として生まれ、青蓮院門跡から延暦寺の天台座主を務めた高僧です。兄の足利義持の死去に伴い、くじ引きで将軍に選出され、将軍権力を強化しよう…

拙著『乱世の天皇』見どころ9ー巻末の参考文献

ツイッターの相互フォローさんのツイートで嬉しいものがありました。拙著『乱世の天皇』(東京堂出版)巻末の参考文献欄にご注目くださっています。そこも私なりに一つのこだわりとなっています。 www.tokyodoshuppan.com なお拙著は現在全国の書店で好評か…

日本の武士はなぜあんなに「間抜け」なのか、ということについて小・中学生向けに考えました

yhatano.com 小・中学生向けおよびその保護者様向けに解説したサイトの記事です。 sengokukomonjo.hatenablog.comこの記事のリライト版です。 yhatano.comこちらのサイトもご贔屓にお願いします。(ワードプレスで作ったら、当初はアクセスがない、と聞いて…

鉄道から歴史を見る!戦争と平和を走り抜けたスハネ30

yhatano.comここで書いた記事をこちらでもシェアします。 鉄道趣味をやっていますと、結構社会にも関わってきます。というよりも社会科の先生の中にはかなりの鉄道オタクが入り込んでいると私は確信しています。私も鉄道が好きです。 今日取り上げるのはスハ…

等持院の動画のおまけ

www.youtube.com ざっくり言うと「室町時代って今人気あるよね」という話です。 私が大学生だったころはむしろ鎌倉時代とかの方が研究が進んでいて室町時代はほとんど惣村とかそういう社会経済史、社会史とかの方が進んでいる印象がありました。今は明らかに…

薄命の明主、二条天皇

立命館大学の近所に二条天皇陵の香隆寺陵(こうりゅうじのみささぎ)があります。 阪急から市バスに乗って立命に向かうと、衣笠校前で降りることになるわけですが、衣笠校前のバス停のすぐ近くの道をまっすぐ西に向かうとすぐに二条天皇陵に出ます。 www.kun…

ハイホー!7dと足利義教

ハイホー!7d、と言っても分かっていただけない方が多いと思います。ディズニージュニアで放映している「白雪姫と七人の小人たち」のスピンオフ番組です。若き七人の小人たちがしあわせ女王様を魔法使いのヒルディ・グリム夫妻から守る、という話です。 『…

本当に強い戦国武将は誰かベスト5私案

Qさま!で6月24日に放映された「本当に強い戦国武将ベスト15」がいろいろ言われているようで、そもそも「強い」ってどういう意味なのか、とかまあ悩むわけですが、普通に考えれば結果で見ても織田信長・豊臣秀吉・徳川家康に集中するだろうな、というこ…

最凶のヒャッハー源義親

今日のオンライン日本史講座のまとめです。 源義親は源義家の嫡子です。対馬守だった時に九州を横行し、略奪を働いています。時に1101年のことです。大宰大弐大江匡房からの訴えで義親は隠岐国に流罪となりますが、出雲国に渡り、そこで反乱を続けたため…

後花園天皇をめぐる人々−細川持之、後花園天皇綸旨発給の決断

嘉吉の乱で足利義教が弑殺され、細川持之が幕政を掌握することになりましたが、持之の優柔不断、無能ぶりが強調され、綸旨を出して嘉吉の乱を終わらせた後花園天皇の引き立て役になっている、というイメージがあります。 sengokukomonjo.hatenablog.com しか…

室町時代に伏見に飛来したペリカン

こんな記事を見つけました。 www.ndl.go.jp ここのペリカンの説明によると永享2年に京都伏見の舟津で捕らえられたのが日本における最古の記録、ということで、後花園天皇と貞成親王に関することには食いつく拙ブログとしてはこれは触れないわけにはいきませ…

後花園天皇をめぐる人々−細川持之、嘉吉の乱に翻弄された悲運の管領

2022年1月20日に少し追記。 久しぶりの「後花園天皇をめぐる人々」です。 今日取り上げるのは「決められない政治」の象徴と某公共放送でレッテルを貼られてしまった細川持之です。これは某公共放送だけでなく、多くの先学がそう行っているので、通説…

足利義教と後花園天皇のどちらが上だったのか

久しぶりの歴史雑記帳です。令和改元便乗企画である後花園天皇の改元が終わりましたので、平常運転で「後花園天皇ノート」をはじめとした「歴史雑記帳」をお送りいたします。 表題の「足利義教と後花園天皇のどちらが上だったのか」という問題ですが、一言で…

昔の改元の時の候補とその出典を見てみよう8−長禄から寛正へ−

長禄四年(一四六〇年)十二月二十一日、改元が行われました。「大乗院日記目録」によれば「五穀不熟旱損蟲損飢饉」とあります。前回も触れた寛正の飢饉です。 寛正の飢饉については以下のエントリで述べた他、いくつかのエントリで触れています。 sengokuko…

相生歴史研究会古文書講座の講師をZoomを使って務めました!

今、講師業やコンサルタント業、コーチ業など、いわゆる「先生業」と言われる業種で注目されているのがZoomです。 以前にも触れましたが、オンラインでつながれたテレビ会議です。同様のシステムにSkypeがあります。 Zoomを使ってオンライン講座を開いており…

第18回京都学セミナーが無事終了しました!

京都歴史回廊協議会主催の第18回京都楽セミナー「後花園天皇と嘉吉の乱・応仁の乱」本日無事終了いたしました。 京都学セミナー会場準備中 後花園天皇が数多くの戦乱に関わる中で自らのプレゼンスを高めていく過程についてお話ししましたが、その中で自分…

昔の改元の時の候補とその出典を見てみよう7−康正から長禄へ−

令和改元便乗企画です。後花園天皇の代における改元の候補とその出典を出します。 本来この日は「後花園天皇の生涯」の後継企画をしなければならないのですが、まだ用意できないのと、前回この改元便乗企画を飛ばしてしまったので本日アップします。 今回は…