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室町・戦国時代の歴史・古文書講座

歴史学研究者、古文書講師の秦野裕介がお届けする室町・戦国時代の知識です。

足利義教が琉球を島津氏に与えたというデマは潰す必要があります

足利義教琉球を島津氏に与えた、というデマがあります。これはデマと言って何ら問題はありません。これは学問上ではすでに否定され、決着がついている問題ですが、いまだにネット上では信じられているデマでもあります。多くの義教関係の著作や琉球関係の著作で否定され続けているにも関わらず、まだ生命力を持っており、クマムシか、と思っていましたら、その供給源が一つ明らかになりました。

 

 

 

 吉川弘文館のお墨付きとなればいつまでたっても減らないわけです。『日本史総合年表 第2版』(吉川弘文館、2005年)を基にしているので余計にタチが悪い、としか言いようがありません。吉川弘文館の年表に載っている、とすれば信用するのは道理で、これを主張する人が減らないのも道理です。

 

ちなみに田部連氏(田部連@大隈は大隅ではない!)は島津氏研究の著名な研究者ですが、氏はただちに反論していらっしゃいます。

 

 

しかし『日本史総合年表』の威力は大きいです。

ちなみに黒嶋敏氏の『琉球王国戦国大名』(吉川弘文館、歴史文化ライブラリー421、2016年)でも「嘉吉附庸説」を近世前期のものとしています。

 


琉球王国と戦国大名: 島津侵入までの半世紀 (歴史文化ライブラリー)

 

 

今谷明氏も『土民嗷々』(新人物往来社、1988年)で「虚説」としていらっしゃいます。

 


土民嗷々―一四四一年の社会史 (創元ライブラリ)

 


土民嗷々―1441年の社会史

 


足利将軍暗殺―嘉吉土一揆の背景

 

『島津家譜』では次のように書いてあります。

僧正の首を将軍家に献じ候処、義教公御自筆の御感状、名物の御太刀・御腹巻・御馬具、また琉球国忠賞として拝領致し候。これより琉球国は当分船を以て毎年年貢仕り候。

これは本当でしょうか。実はこのときの「義教公御感状」は『島津家文書』にあります。しかしそこには「太刀一腰・腹巻一領・馬一匹」はありますが、琉球はありません。「委曲は(赤松)満政が申し」とありますが、その赤松満政の副状にもありません。

 

紙屋敦之氏の「琉球国司号」(『幕藩制国家の琉球支配』校倉書房、1990年、初出1983年)によって詳細に嘉吉附庸説は解体されています。

 


幕藩制国家の琉球支配 (歴史科学叢書)

 

 

にも関わらずまだ出てくるのは『日本史総合年表』の威力だったわけです。

 

ちなみに同じ吉川弘文館の『対外関係史総合年表』(1999年)には嘉吉附庸説は出てきません。

 


対外関係史総合年表

 

 これが洒落にならないのは、近年足利義教を評価する人の中に沖縄文化を否定する政治的主張を学問的装いのもとに行おうとする人がいるからです。しかしながら嘉吉附庸説は『東日流外三郡誌』と変わらないレベルである、と言えます。

 

こういう強靭なデマは根気強く潰さなければなりません。何しろ少なくとも三十八年間はずっとそのデマを潰すべく琉球史や室町時代史や戦国時代史の研究者が努力しているのです。その努力に対し背中から銃撃されるのは困ったものです。