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室町・戦国時代の歴史・古文書講座

歴史学研究者、古文書講師の秦野裕介がお届けする室町・戦国時代の知識です。

伊勢盛定の売却した鎧ーゆうきまさみ氏『新九郎、奔る!』を解説する

ゆうきまさみ氏の『新九郎、奔る!』を解説する記事です。

 

『新九郎、奔る!』のすごさは細かい話にもしっかり史実が反映されていることです。

 

『新九郎、奔る!』九巻の81ページに新九郎の父親の伊勢盛定が「佐々木能登守の息子に二十貫文で売った。」というセリフがあります。また167ページに新九郎が「一昨年にお売りになった具足の代金はどうなりました?支払ってもらえず訴えておられましたよね。」と質問したのに対し、盛定が「あれは先方の手違いでな、後できっちり支払うてもろうた。」と目を逸らしながら答えます。この辺のやりとりは見事なショートコンとになっていますが、このような笑わせどころでもきっちりと史実を下敷きにしています。

 


新九郎、奔る!(8) (ビッグコミックス)

 


新九郎、奔る!(8) (ビッグ コミックス) [ ゆうき まさみ ]

 

室町時代研究の必須文献の一つである『室町幕府引付史料集成』(近藤出版社、一九八〇年)というのがあります。その上巻の266ページは「政所賦銘引付」(まんどころくばりめいひきつけ)という史料ですが、そこにこのような文があります。

史料に興味のそれほどない方は読み飛ばして現代語訳からご覧ください。

 

伊勢備前入道正鎮〃〃(申状)同日(文明六年二月十日)

具足沽却之処、佐々木能登守(持秀)息弥三郎長綱、可買請之由申、代廿貫文ニ定之、差日限渡遣之処、以若党土田乍出状難渋、相尋之処、於出状者一向不存知之由申云々

読み下します。

伊勢備前入道正鎮申状

具足沽却のところ、佐々木能登守の息の弥三郎長綱、買い請くべきのよし申す。代二十貫文にこれを定む。日限を差し渡し遣わすのところ、若党土田を以て状を出しながら難渋す。相尋ぬのところ、状を出すにおいては一向存知せずのよし申すと云々。

 

現代語訳です。

伊勢備前入道正鎮の訴え状

具足を売ったところ、佐々木能登守の息子の弥三郎長綱が買いたいといってきた。代金を二十貫文に定めた。期限をきって引き渡したところ、若党の土田を通じて文書を出してきたのに支払いがない。問い合わせたところ文書については全く知らないと申した、ということだ

 

要するに「支払ってもらえず訴えた」のです。その結果はここでは分かりませんが、『新九郎、奔る!」では「先方の手違いで払ってもらった」ということになっています。

 

ちなみにこの文書は伊勢盛定の終見文書となっています。その後は程なく死没したか、あるいは鎧を売ったお金で連歌の会を開いたりして(娘婿の今川家に金の無心をしたりしながら)悠々自適の生活をしていたものと考えられます。( )内のことは『新九郎、奔る!』をご覧ください。