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室町・戦国時代の歴史・古文書講座

歴史学研究者、古文書講師の秦野裕介がお届けする室町・戦国時代の知識です。

足利義政ーゆうきまさみ氏『新九郎、奔る!』を解説する

ゆうきまさみ氏『新九郎、奔る!』解説です。

本作は基本的に悪役がいません。悪役となりそうな人物、例えば新九郎の甥の龍王丸(のちの今川氏親)氏親を排除しようとした今川新五郎範満も今川家の行く末を真剣に憂える人物であり、自身の欲望ではなく、彼なりに真剣に今川家のことを考えるが故に龍王丸やその母の伊都と対立してしまう、という役柄です。

「天下の佞臣」とされる伊勢貞親も新九郎に対しては親切ですし、彼自身理想の実現のために働いているのが伝わります。

また『南総里見八犬伝』のイメージと太田道灌殺害の経緯から、悪役とされがちな扇谷上杉定正も本作ではいい味を出しています。もともと無欲だった青年が扇谷上杉氏を背負わされることで激しく苦悩するシーンが楽しみです。

 

このように一般に悪役となりそうな人物もしっかりとその背景を書き込むことで、単なる悪役ではない、というのが本作の特色ですが、例外的に分かりやすい悪役が足利義政です。

あまりのひどさに作者のゆうきまさみ氏も作中に登場して「ええええっ!?」とドン引きし、義政の後ろ姿をみながら呆れている描写がなされています(第3集126ページ)。このシーンの解説は足利義視に譲ります。

 

義政はその初っ端から千代丸(新九郎)に「千代丸にはどうも御所様がたやすく前言を翻しすぎるように思えます。「綸言汗の如し」、御所様のようなお立場の方が一度交わした約束を破るべきではありません!」とディスられています。従兄弟の伊勢貞宗は「ほう」と感心し、父親の伊勢盛定は「口が過ぎるぞ!!」と慌て、伯父の伊勢貞親は「真っ直ぐな心根でよいではないか」と褒めながらも「その性根ではやってゆかれぬぞ」と釘を刺されています(第1集40〜42ページ)。

 

文正の政変で貞親と盛定が義政の気まぐれでピンチになった時、千代丸は「無性に腹が立ってきました!」と姉の伊都に訴えますが「元々そういうお方なのよ」と冷静に切り返されています。

 

怒りを鎮めようと弓矢の稽古に打ち込む千代丸に貞親が稽古をつけてやりながら「そちが御所を罵りたくなる気持ちは儂にも理解るがな、少し堪えてはくれんかの。」といいます。千代丸は「伯父上はそれほど尽くした御所に裏切られたのですよ!!」と言い返しますが貞親は「ギギギギ」と歯を食いしばりながら「今度もさぞかし無念の思いを噛みしめておられよう。まっこと口惜しいのう。」と悔しがっています。それを見ながら千代丸は「さすがは育ての親、御所のイメージが根本から違う」とある意味感心しています(第1集96〜102ページ)。

 

応仁の乱の最中、新九郎の母の浅茅が叔父(義母須磨の弟)の伊勢貞藤と再婚することになり、盛定の子として元服したい千代丸は早い元服を望み、十二歳で元服します。

 

その初めてのお目見えのシーンで義政の顔が初登場です。ここで義政は「何故 元服を急いだ?」と新九郎に問いかけ、新九郎の真面目な回答に「殊勝な言葉ではあるが、つまらぬ。」と言い放ち、新九郎を落ち込ませています(第2集42ページ〜44ページ)。

 

義政の行動が一貫しないのは事実で、拙著でも「義政の悪癖は、首尾一貫しないことだけが一貫していること」と評しています。義教のようになりたかった義政ですが、この「一貫しないことだけが一貫している」悪癖が文正の政変から応仁の乱の主要な原因となるのは衆目の一致するところでしょう。

 

義政のイメージといえば無能な政治家です。ただこの「無能」というイメージについては注意が必要です。

 

義政という政治家は、高い理想を持ちながらそれを実行するための首尾一貫した意志を持てなかった弱さが仇となった、と私は考えています。寛正の飢饉では全く無為無策だったのではなく、彼なりに手当てを行い、能動的で機動的な対策を打っています(東島誠氏)。さらには彼が御所の造営を止めなかったのは飢饉対策としての公共事業という見方もあります(藤木久志氏)。少なくとも拱手傍観していたわけではなさそうです。

この辺は大道寺右馬之介が「先の寛正の大飢饉の折も、伊勢守様は寝る間も惜しんで対策に当たられた。」と解説してくれている通りです(第1集17ページ)。

 

従来の応仁の乱にまつわる歴史では圧倒的な悪役である日野富子はむしろまともな人物として描かれているだけに義政の悪ぶりが目立ちます。

 

その義政がかっこよく見える瞬間が第5集にあります。貞親が義政を隠居させ、日野勝光を除き、貞宗が養育する春王(足利義尚)を将軍につける陰謀をめぐらし、貞宗が義政にリークしたことで義政は貞親追放を決意します。そのシーンです。

 

伊勢邸に「私用」でやってきた義政は貞親のこれまでの労をねぎらい、思い出話に興じます。そして貞親に引退をもちかけます。しかし貞親は「ますます老骨に鞭打ちまするぞ!」と義政の思わせぶりな引退勧告をガン無視します。そこで義政は貞親の陰謀を全て露見させ、「申しておくが、今宵の宴にそちの席はないぞ。身の振り方は己れで考えよ。」と立ち上がると貞親に最後の言葉をかけます。

 

「貞親。これが最後となるであろう。もう一度だけそちを昔のように呼ばせてくれ。」「御父様と。」

(涙を流しながら)「御父様には長きに渡って世話になった。なろうことならば、隠居は共にし、共に余生を楽しみとうござりました。」

 

これに貞親も思わず「み、三寅様!」と義政の幼名を思わず口走ります。

 

義政も貞宗も貞親を救うためにこの失脚劇を演出したのです。

 

義政「貞宗。文正の折、そちは貞親のためにこそ貞藤と組んで義視を救い、右京大夫細川勝元)に頭を下げた。」

義政「今度はどうか?貞親のためにはなったか?」

貞宗「あの年齢になって誰かの恨みを買い、付け狙われるのも酷でありましょう。命長らえるにはよい退き時だったのです。」(第5集81ページ〜93ページ)

 

せっかくかっこいいところを見せた義政ですが、その後は盛定が出家したことが気に入らず、駄々をこねて貞宗を困らせています。貞宗も「ヘソ曲がりなところのある御方」「虫の居所が悪かったとしか思えぬ」「いつもの癇癪」と困っています(第5集139ページ)。

 

盛定と新九郎が義政にお目見えするシーンでは富子が盛定と新九郎を庇い、その結果盛定の隠居と新九郎への家督相続が認められますが、義政は新九郎に「よくよく苦労を背負いこむ星の下に生まれたと見える。哀れではある。が、これもそちが持って生まれた運だ。」「余の瞳が黒いうちは任官はないと思え。無位無官の地方領主として日々を送れ」と新九郎に嫌がらせをしています(第5集150〜158ページ)。

 

このあとの展望ですが、義尚との軋轢などまだまだ活躍が期待できそうな人物です。

 

 


新九郎、奔る!(1) (ビッグコミックス)

 


新九郎、奔る!(2) (ビッグコミックス)

 


新九郎、奔る!(3) (ビッグコミックス)

 


新九郎、奔る!(5) (ビッグコミックス)

 


乱世の天皇 観応の擾乱から応仁の乱まで

 


〈つながり〉の精神史 (講談社現代新書)

 


飢餓と戦争の戦国を行く (読みなおす日本史)

 

過去記事でも義政について扱っています。

 

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