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室町・戦国時代の歴史・古文書講座

歴史学研究者、古文書講師の秦野裕介がお届けする室町・戦国時代の知識です。

詳しいプロフィールはこちらから

*このページは告知用に一番上に置いています。2ページ目からご覧ください。

毎週木曜日にオンライン歴史講座の講師をしております。

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nihonshi.asanojinnya.com

 当ブログは浅野陣屋札座保存ネットワーク様の旗本浅野家若狭野陣屋に残る札座の保存運動に賛同しております。

 

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研究者と学ぶ日本史講座 - YouTube

 

毎週木曜日には浅野陣屋札座ネットワーク主催のオンライン日本史講座に向けてのお知らせを毎週土曜日、月曜日、水曜日にアップします。

金曜日には木曜日の講座の内容報告をアップします。

 

更新スケジュール(予定)

木曜日:オンライン講座本番

金曜日:オンライン講座の内容報告

土曜日:次回講座の予告1

日曜日:後花園天皇の生涯

月曜日:次回講座の予告2

火曜日:古文書入門

水曜日:次回講座の予告3

木曜日:後花園天皇ノートほか

 

 歴史学研究者・古文書講師の秦野裕介のブログです。

室町時代を中心に日本史を研究しております。

室町時代・戦国時代の政治史、あるいは北海道の中世史を研究しています。

京都府乙訓郡大山崎町出身。

1997年4月〜2018年3月まで立命館大学非常勤講師。

2004年4月〜2018年3月まで立命館アジア太平洋大学非常勤講師。

株式会社歴史と文化研究所客員研究員。

会社概要・客員研究員 - 株式会社 歴史と文化の研究所

2019年4月〜9月まで立命館大学授業担当講師。

原稿執筆(書籍・雑誌)、講演の相談・依頼は大歓迎です。

yuusukehatano617◆gmail.com(◆の部分を@に変えてください)までお願いします。

メッセンジャーツイッターのDM、ブログのコメント欄でも大丈夫です。コメント欄に書き込みしただけでは公開されませんので、公開されたくない場合にはその旨書いていただければ、公開致しません。

 

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sengokukomonjo.hatenablog.com

これまでの仕事はこちら

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渡邊大門編『虚像の織田信長』(柏書房)見本版が届きました

私も参加した渡邊大門編『虚像の織田信長』(柏書房)の見本版が届きました。

配送は1月23日からです。1月中には全国の書店の店頭に並ぶと思われます。

アマゾン他でも予約受付中です。よろしくお願いします。

 


虚像の織田信長 覆された九つの定説

 

 

 

 

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洛西用水

東寺百合文書でも有名な文書の一つ、ツ函341号文書です。

hyakugo.kyoto.jp

ここで詳しく紹介されています。今回はこれについて話してみました。

これは何回か話している題材ですが、いつもうまくこの文書の面白さを伝えることが十全にできずに苦戦しています。まだまだ改良の余地があります。

 

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東寺百合文書ツ341

 

洛西用水は桂川の水を川の西に広がる水田に導く疎水です。嵐山の渡月橋にある井堰から取り入れられた水は二本の水路を流れ、再び桂川に戻ります。6世紀、秦氏がこの地を開拓した頃に起源をもち、現在まで農業用水として機能してきました。中世、この地には多くの荘園があり、洛西用水の水利をめぐって争いが東寺百合文書に記録されています。琵琶湖疎水が観光化しているのに対し、洛西用水は実用一点張りのため訪れる人は限られています。中世の文書をもとに、秦野裕介先生が洛西用水の水利をめぐる荘園住民の争いを解説します。

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

旧年はお世話になりました。

今年も弊ブログをよろしくお願いします。

昨年は色々と忙しさにかまけて途中から更新頻度が下がりました。

今年はもうすこし歴史情報その他を提供できるように頑張ります。

渡邊大門編『虚像の織田信長』(柏書房)のお知らせ

この度渡邊大門編『虚像の織田信長』が出版となります。

 

 


虚像の織田信長 覆された九つの定説

 

www.kashiwashobo.co.jp

 

内容は以下の通りです。

 

商品の説明

内容紹介

「短気な独裁者」「軍事の天才」「自ら神になろうとした男」……一般的に広く知られる織田信長のイメージ。しかし、最新の研究が示すのは、天皇・将軍の権威を尊重し、柔軟に家臣に接し、宗教や芸術への深い理解を示した天下人としての人物像である。「対室町幕府」「対朝廷」「家臣団統制」「戦術・兵法」「外交政策」「経済政策」「城郭建築」「宗教」「芸術」、九つの側面から、稀代の英傑の「虚像」と「実像」を明かす!


【目次】
第一章 足利将軍家に対する信長の意外な「忠誠」――秦野裕介
第二章 実は「信頼関係」で結ばれていた信長と天皇――秦野裕介
第三章 家臣団統制に見る「独裁者信長」の虚像――千葉篤志
第四章 緩急自在の外交政策が示す信長の「我慢強さ」――片山正彦
第五章 「天才的」とは言い切れない信長の「兵法」――渡邊大門
第六章 信長の作った城郭・城下町、その「幻想」と「現実」――光成準治
第七章 信長の経済政策の「革新」と「保守」――廣田浩治
第八章 「無神論者」とはほど遠い、信長の信心深さ――渡邊大門
第九章 教養をうかがわせる趣味人・信長――八尾嘉男

著者について

渡邊大門(わたなべ・だいもん)
1967年神奈川県生まれ。佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在、株式会社歴史と文化の研究所代表取締役。主な著書に、『戦国誕生中世日本が終焉するとき』(講談社現代新書、2011年)、『戦国の交渉人外交僧・安国寺恵瓊の知られざる生涯』(洋泉社歴史新書、2011年)、『逃げる公家、媚びる公家――戦国時代の貧しい貴族たち』(柏書房、2011年)、『戦国の貧乏天皇 』(柏書房、2012年) 、『関ヶ原合戦は「作り話」だったのか? 一次史料が語る天下分け目の真実』(PHP新書、2019年)、『明智光秀本能寺の変』(ちくま新書、2019年)、『光秀と信長 本能寺の変に黒幕はいたのか』(草思社文庫、2019年)ほか。

 

 

 

正親町天皇の生涯ー天正七年正月一日〜十二月晦日ー

天正七年
正月
一日、四方拝を行う、小朝拝、元日節会停止
御湯殿上日記、言継卿記、続史愚抄公卿補任
この日、別殿行幸
御湯殿上日記
五日、千秋万歳
御湯殿上日記
この日、巳亥の楽あり、のち数このことあり
御湯殿上日記(正月五日・十一日・二十三日・二月十七日・三月六日・三十日・四月六日・十八日・六月七日・七月二十五日・九月二日・二十六日・十月二十七日)、言経卿記(正月五日・十一日・二十九日・二月五日)
八日、太元帥法、聴聞
御湯殿上日記(正月八日・十四日)
この日、山科言経に体源鈔三巻を書写せしむ
言経卿記
十三日、月次楽会、のち又このことあり
御湯殿上日記、言経卿記(正月十三日・二月二十二日)
十四日、庚申待
御湯殿上日記
十五日、三毬打
御湯殿上日記、言経卿記
十八日、三毬打
御湯殿上日記、言経卿記
この日、甲子待
御湯殿上日記
この日、大納言三条西実枝、病危急により武田法印を遣わす
御湯殿上日記、公卿補任
十九日、和歌会始延引
御湯殿上日記、言経卿記
二十日、内大臣二条昭実を右大臣に、大納言三条西実枝内大臣
公卿補任、御湯殿上日記
二十四日、入道前内大臣三条西実枝薨ず、よってこの日より三日間の廃朝
御湯殿上日記、公卿補任
二十六日、因幡堂に近侍七人の代官詣あり、のち又このことあり
言経卿記(正月二十五日・二月二十一日)
二十七日、権大納言今出川晴季内大臣
公卿補任
二月
五日、看経
御湯殿上日記
九日、不予
御湯殿上日記(二月十日・十二日・十五日)、言経卿記(二月十二日)
十四日、楽始、箏の所作
御湯殿上日記、言経卿記
十五日、別殿行幸
御湯殿上日記
二十日、織田信長に薫物を賜う
御湯殿上日記
二十五日、北野社法楽当座和歌会
御湯殿上日記
二十七日、神宮奏事始
言経卿記
二十八日、水無瀬法楽和歌会
言経卿記
三月
二日、浄華院長老、参内、阿弥陀経談義
御湯殿上日記、言経卿記
三日、闘鶏
御湯殿上日記
十五日、庚申待
御湯殿上日記
十七日、内宴
御湯殿上日記
十九日、歌舞の興
御湯殿上日記
四月
二十七日、前権大納言烏丸光康を大臣に准じ朝参せしむべきのよし宣下
公卿補任
三十日、織田信忠、退京により物を賜う
御湯殿上日記、公卿補任
五月
一日、近臣に公卿補任を書き進めさせる
言経卿記(五月一日・二日・九日・十一日・十五日・六月二十日・二十一日・二十二日)
三日、禁裏小御所の築地などの修理成る、よって村井貞勝に物を賜う、この日より同所に昼間御番一人を置かせる
御湯殿上日記
九日、囲碁
御湯殿上日記
十日、禁裏御門などの修理
言経卿記
十三日、別殿行幸
御湯殿上日記
六月
四日、延暦寺六月会停止
続史愚抄
五日、楽あり、箏の所作
言経卿記(六月五日・十五日)
七日、祇園御霊会
言経卿記
九日、故内大臣万里小路惟房の七回忌により阿弥陀経などを賜う
御湯殿上日記、尊卑分脈
十日、この日より禁中二の対の修理
御湯殿上日記(六月十日・七月十一日)
二十五日、北野社法楽和歌会
御湯殿上日記、言経卿記
七月
四日、祝宴
御湯殿上日記
七日、七夕節、楽会並びに和歌会
御湯殿上日記(七月三日・七日)
十二日、村井貞勝に物を賜う
御湯殿上日記
二十四日、禁裏領山国荘のことについて侍臣発遣のことあり
御湯殿上日記(七月二十四日・二十六日・八月三日・四日・六日)
八月
三日、歌舞の興
御湯殿上日記
八日、屋根葺き
御湯殿上日記(八月八日・九日・十日)
十三日、別殿行幸
御湯殿上日記
二十四日、愛宕社に近侍の代官詣
御湯殿上日記(八月二十四日・九月二十四日)
二十六日、紫宸殿の梅宮仮殿遷宮
御湯殿上日記
九月
五日、後奈良天皇斎日、看経、この日泉涌寺長老など参内、受戒、この日阿弥陀経の談義
御湯殿上日記
六日、謡の興
御湯殿上日記
十三日、融通上人良忍の霊宝を召して叡念あり
御湯殿上日記(九月十二日・十三日)
十七日、庚申待
御湯殿上日記
二十六日、近臣を織田信長の陣に遣わす
御湯殿上日記
二十七日、別殿行幸
御湯殿上日記
十月
十日、懺法あり
御湯殿上日記
十一月
四日、弘法大師筆小町絵を叡覧
御湯殿上日記(十一月四日・十二月二日)
五日、懺法、楽
御湯殿上日記
十二月
三日、明年正月三日、曼殊院宮准后覚恕の七回忌によりこの日懺法
御湯殿上日記

城南宮

城南宮に関する動画です。

最終的には「城南宮ってもしかしたら中世の始まりを象徴する場じゃね?」という問いかけまで発しています。「いつから中世か」という議論はなかなか難しく幅のある議論なんですが、私の個人的な見解を言えばやはり世界史的な概念である「中世」概念はグローバルヒストリーの文脈で捉えられるべきで、海域アジアの海商のネットワークに取り込まれた段階で「中世」になっている、と考えています。その意味では城南宮の場所に造営された鳥羽殿は中世のとっかかりというよりは、王権が海域アジアの中世社会に順応していく大きなメルクマールである、と言えるのではないか、と考えています。

 

www.youtube.com白河上皇平安京の南に鳥羽殿、東に白河殿を所有していました。平安時代から存在していた城南宮は、鳥羽離宮の鎮守社となり貴族たちの信仰を集めます。白河院政・鳥羽院政の舞台となった鳥羽離宮、白河殿と法勝寺の位置関係と院政期の動きを見ていきます。解説は立命館大学の秦野裕介講師です。

 

www.youtube.com保元の乱の後、政治の中心は鳥羽離宮を離れ、後白河の法住寺殿や平清盛の拠点がある六波羅に移ります。動画の前段は、鎌倉時代以降の城南宮を紹介します。中段では、中世につながる流通拠点として鳥羽離宮を検討。後段では、今は交通安全祈願で有名になった城南宮ですが、祭神は何でしたっけ?という雑談です。