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室町・戦国時代の歴史・古文書講座

歴史学研究者、古文書講師の秦野裕介がお届けする室町・戦国時代の知識です。

詳しいプロフィールはこちらから

*このページは告知用に一番上に置いています。2ページ目からご覧ください。

2022年9月10日にイーストプレス社から渡邊大門監修『徳川家康の生涯と全合戦の謎99』が出ます。天正壬午の乱から奥州仕置きまでの家康について書いています。Q38〜Q52までが私の担当です。

 

www.eastpress.co.jp

 

 

2022年9月6日に雑誌『歴史群像』2022年10月号(175号)に拙著に関するインタビューが出ます。

rekigun.net

 

2022年7月21日に拙著『神風頼みー根拠なき楽観論の歴史』が柏書房から出版されます。

神風頼みー根拠なき楽観論の歴史

元寇」「国体の形成」「特攻」、そして現代ニッポンに至るまで……日本史を貫き続けてきた「神国思想」の正体をスリリングに検証!

「日本は神風が吹く、神に守られた特別な国」という「神風思想」が生み出す「ニッポンすごい!」「独り善がりの排他主義」「根拠なき楽観主義」……元寇から特攻まで日本史を貫きつづけてきた「神風思想」は、太平洋戦争における敗戦という結末を迎えることとなったが、その意識自体はいまだ日本人の心に根強く生き続けている。
本書は、「神風思想」がいかに形づくられていったかを、史実に沿って検証、「神風が吹いたのは日本だけではない」「神社による立派な〈武器〉だった神風」「実は友好的だった元寇前のモンゴルの外交姿勢」「天皇制をこき下ろした天皇」「〈神の国〉ではなく〈人間本位〉を考えていた中世の政治家たち」「立憲制を念頭に置いていた大日本帝国憲法」など、日本が決して「神風思想」だけに凝り固まっていたわけではないことを示す事実を挙げながら、「神風思想」とそれに対峙する形の「撫民思想」とのせめぎ合い、そして「神風思想」の根幹をなす「根拠なき楽観」が招いた悲劇の過程を辿っていく。
歴史的論考としてはもちろん、コロナ禍、ウクライナ戦争など混迷の時代において危機をいかに克服していくべきかの指針ともなる一冊。

【目次】
第一章「元寇」と「神風」――元寇が生んだ「神風」意識の誕生と定着
第二章 神国ニッポン――日本はよそとは違う特別な国なのだ!
第三章〝人のために神がある〟――「敬神」へのアンチテーゼとしての「撫民」
第四章「国体」の形成――近世に見る「神の国」の復権
第五章 神武天皇足利尊氏――国家の学問介入を象徴する二人
第六章「神の国」か「立憲主義」か――大日本帝国憲法をめぐる議論
第七章「神風」の終末――「神の国」が最後に目にしたもの

 

2022年6月23日に渡邊大門氏編『諍いだらけの室町時代ー戦国に至る権力者たちの興亡』が柏書房から出版されます。

私も「伊勢宗瑞の下克上の虚と実」を執筆しています。

伊勢宗瑞は北条早雲と呼ばれた下克上の代表の人物として扱われてきましたが、近年の研究の進展によって全く新しい姿が明らかになっています。その姿はゆうきまさみ氏の『新九郎、奔る!』にも描かれています。『新九郎、奔る!』を読む際の参考となるように意識して書きました。

よろしくお願いします。

諍いだらけの室町時代(柏書房)

 

 

 

3月23日に出ました。

www.seikaisha.co.jp

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合戦からひもとく「天皇が二人いる」混乱の時代

 

日本史上初の武家政権であった鎌倉幕府が終焉したとき、なぜ天皇が二人になり、国内が相分かれて争うことになったのか。後醍醐天皇の倒幕運動をきっかけとして、護良親王北畠顕家楠木正成新田義貞足利尊氏高師直など『太平記』で知られる有名武将たちは何のために戦い、また散っていったのか。本書では、戦国・織豊時代と比較すると個々の「合戦」の実態がほとんど知られていない南北朝時代の主要合戦にスポットを当て、合戦の背景や経過、合戦のもたらした影響について、気鋭の中世史研究者たちが詳しく解説する。

 

<執筆陣>

渡邊大門(編著)、生駒孝臣、稲川裕己、小谷徳洋、谷口雄太、千葉篤志、秦野裕介、前川辰徳

 

今回序章「両統迭立から正中の変・元弘の変まで」、第四章「和泉堺浦・石津の戦い」(北畠顕家)、第九章「九州における南北朝の動乱」の三つを執筆しました。

 

 

 

8月25日にでました。

関ヶ原合戦人名事典ー東京堂出版

私は「徳川家康」「真田昌幸」「真田信繁(幸村)」「大谷吉継(刑部)」「前田利長」など関東・北陸・中部の武将を担当しています。


関ヶ原合戦人名事典

豊臣秀吉亡きあと、わずか2年で日本の様相を一変させた関ヶ原合戦
関ヶ原合戦岐阜県で行われた本戦だけでなく、本戦未参加の大名・武将らも東西に分かれて東北や九州等で戦った全国規模の大合戦である。本書は大名・武将ら300余名の、合戦時および合戦前後の動向がわかる稀有な人名事典。

 

 

 

2021年3月末に出ました。

私は第一章「観応の擾乱」と第八章「禁闕の変」を執筆しております。

重版が出ます。

www.kashiwashobo.co.jp

 

 

リサーチマップです。私の業績などがまとめられています。

researchmap.jp

 

2020年7月22日に初めての単著を出版しました。よろしくお願いします。

 

www.tokyodoshuppan.com

 


乱世の天皇 観応の擾乱から応仁の乱まで

 

 

 

毎週木曜日にオンライン歴史講座の講師をしております。

asanojinnya.net

 

 当ブログは浅野陣屋札座保存ネットワーク様の旗本浅野家若狭野陣屋に残る札座の保存運動に賛同しております。

 

note.mu

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研究者と学ぶ日本史講座 - YouTube

 

 

 

 歴史学研究者・古文書講師の秦野裕介のブログです。

室町時代を中心に日本史を研究しております。

室町時代・戦国時代の政治史、あるいは北海道の中世史を研究しています。

京都府乙訓郡大山崎町出身。

1997年4月〜2018年3月まで立命館大学非常勤講師。

2004年4月〜2018年3月まで立命館アジア太平洋大学非常勤講師。

株式会社歴史と文化研究所客員研究員。

会社概要・客員研究員 - 株式会社 歴史と文化の研究所

2019年4月〜9月まで立命館大学授業担当講師。

原稿執筆(書籍・雑誌)、講演の相談・依頼は大歓迎です。

yuusukehatano617◆gmail.com(◆の部分を@に変えてください)までお願いします。

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龍王、のちの今川氏親2ーゆうきまさみ氏『新九郎、奔る!』を解説する

ゆうきまさみ氏『新九郎、奔る!』第11集でも龍王、のちの今川氏親が大活躍中です。

 

 


新九郎、奔る!(11) (ビッグコミックス)

 

今川氏親といえば今川義元の父親で、戦国大名として今川家を隆盛させた名君です。

戦国IXAでは以下のカードです。

 

今川氏親(Copyright © 2010-2022 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.)

 

その反面いささか虚弱だったのか、母の北川殿(伊都)に先立って亡くなっています。しかも晩年は体調をくずして寝たきりだったようです。

 

第10集関係でも取り上げました。

 

sengokukomonjo.hatenablog.com

 

 

『新九郎、奔る!』第11集では第10集に比べて少し大きくなった龍王が描かれます。しかし口の中にカタツムリやカエルを入れて伊都を驚かせたり、いきなり義尚の御所に乱入しようとして伊都に取り押さえられているところを、通りかかった義政に見られて「子供の頃からにぎやかな娘と思うておったが、尼になってもああか」と呆れられています。

 

新九郎の従兄弟でよき兄貴分でもある伊勢盛頼が伊勢貞宗のもとにきたついでに新九郎のもとに来た時に新九郎に結びつけられているヒモに目をつけ「そのヒモはなんだ?」と聞いています。「龍王が目を離すとフラフラどこかに行って変な物を口に入れて帰ってくるので行動範囲を制限しているのです」と答えていますが、かなり面倒臭い子どもっぽいです。

さらに盛頼が「駿河国守護職を手に入れた暁には掃部助盛頼!掃部助盛頼をお忘れ召さるな!」と自分を売り込みますが「それに対し「だーっ!」とだけ返し「まだ言葉話せないのか?」と新九郎に盛頼が尋ねています。

 

この辺の味のある子どもキャラは伊勢弥次郎にも共通します。弥次郎は新九郎よりもしっかり者に育ちましたが、幼い頃は同じようなキャラでした。

 

その龍王がのちに新九郎とともに河越や三河を転戦するとはなかなか龍王も頑張った物です。

伊勢盛頼と今川家関係の揉め事2ーゆうきまさみ氏『新九郎、奔る!』第11集発売!

ゆうきまさみ氏『新九郎、奔る!』第11集が発売となりました。

 

 


新九郎、奔る!(11) (ビッグコミックス)

 

 

すっかり新九郎にとってはいい兄貴分となった伊勢九郎盛頼の登場です。

 

以前盛頼と今川家雑掌のトラブルを記事にしました。

 

sengokukomonjo.hatenablog.com

『政所賦銘引付(まんどころくばりめいひきつけ)』文明十年(一四七八)十月二十七日条に次の記事がありました。

 

伊勢掃部助盛頼 十 廿七(十月二十七日)

今川上総介の雑掌の妙音寺法音僧の借金九十貫文の事、法音が死去したので相続した弟子が返済するように下知した

 

この話が『新九郎、奔る!』11集に出てきます。

 

今川家の京都雑掌であった妙音寺の法音が今川義忠後室の北川殿(作中では伊都)のもとに金の無心にやってきます。この時法音は今川範満と氏親(作中では幼名の龍王丸)の天秤をかけ、伊都に資金援助を蹴られたため、範満サイドへの肩入れを決めます。

 

この時「小娘には恥をかかされた故 思いしらせてやらんとな」ということで蔭涼軒を通じて範満の言い分を押し通そうとします。政所で握りつぶすように要求する伊都と盛定ですが、貞宗龍王に圧倒的に不利だと宣告、龍王サイドには打つ手が見られないところで盛頼の登場です。

 

「満を持して俺 登場だ!」「法音!貸した九十貫文、そろそろ返せぇ!」と金貸の登場です。裏では貞宗も動いていたようで盛頼は貞宗にいちいち報告しています。その報告を聞いて「品がない」と呆れてますが、盛頼は「借金取りですから」と涼しい顔。

 

その後盛頼と盛定や新九郎・伊都らの酒宴で貞宗が奉公衆三番衆の小笠原備前守政清を連れてきます。この人物、というよりもこの人物の娘は要注目です。

 

ヒントを示しますと、この人です。

 

南陽院 戦国IXA Copyright © 2010-2022 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.

 

妙音寺は法音の死に伴い債務の不存在を申し立てますが、幕府の裁定で敗訴し、「それがしとて鬼ではござらぬ。元金の支払いは日延してもようござるぞ。」と言いながら妙音寺を黙らせます。

 

盛定「お主を見ておるとまるで金貸しが本業のようだの」

盛頼「本業です!」

 

他にもいろいろ見所がありますが、私としては盛頼の活躍が嬉しいです。

 

 

『神風頼み』試し読み

拙著『神風頼み』(柏書房)が文春オンラインで紹介されました。Yahoo!にも掲載されています。ご一読ください。  

 

 

  「天皇を機関車にたとえるとは何か!」美濃部達吉「天皇機関説」が国会で揉めにもめた政治的背景(Yahoo!)

 

「外道の所業である」発案者でさえ否定した「神風特攻隊」はなぜ実行されたのか?(Yahoo!)  

 

『神風頼み 根拠なき楽観論に支配された歴史』(文春オンライン)  

 

 

拙著では蒙古襲来から敗戦までを取り扱っていますが、今回「終戦の日」に文春オンラインにおいて第6章と第7章から少しご紹介いただくこととなりました。    

 

 

 


神風頼み 根拠なき楽観論に支配された歴史

拙著『神風頼み』柏書房の詳細な目次

7月21日、私の2冊目の単著となる『神風頼み』が出版されます。

 

神風頼み(一般書/単行本/日本歴史/)柏書房


神風頼み 根拠なき楽観論に支配された歴史

 

 

神風頼み 根拠なき楽観論に支配された歴史 [ 秦野 裕介 ]

 

「日本は神風が吹く、神に守られた特別な国」という「神風思想」が生み出す「ニッポンすごい!」「独り善がりの排他主義」「根拠なき楽観主義」……元寇から特攻まで日本史を貫きつづけてきた「神風思想」は、太平洋戦争における敗戦という結末を迎えることとなったが、その意識自体はいまだ日本人の心に根強く生き続けている。
 本書は、「神風思想」がいかに形づくられていったかを、史実に沿って検証、「神風が吹いたのは日本だけではない」「神社による立派な〈武器〉だった神風」「実は友好的だった元寇前のモンゴルの外交姿勢」「天皇制をこき下ろした天皇」「〈神の国〉ではなく〈人間本位〉を考えていた中世の政治家たち」「立憲制を念頭に置いていた大日本帝国憲法」など、日本が決して「神風思想」だけに凝り固まっていたわけではないことを示す事実を挙げながら、「神風思想」とそれに対峙する形の「撫民思想」とのせめぎ合い、そして「神風思想」の根幹をなす「根拠なき楽観」が招いた悲劇の過程を辿っていく。
 歴史的論考としてはもちろん、コロナ禍、ウクライナ戦争など混迷の時代において危機をいかに克服していくべきかの指針ともなる一冊。

【目次】

第一章「元寇」と「神風」――元寇が生んだ「神風」意識の誕生と定着

  • 『八幡愚童訓』に見る“アホでマヌケな鎌倉武士”
  • 史料からは確認できない「神風」
  • 「神風が吹く」のは日本だけではなかった
  • 神風はほんとうに吹いたのか?
  • 神社と武士の手柄争いの産物だった「神風」
  • 元寇は朝廷滅亡策?」−江戸時代の“陰謀論
  • 湯地丈雄による「元寇の記憶」の復活
  • 元寇絵」で行われた“切り取り”
  • 蒙古襲来史料『伏敵篇』における恣意的解釈

第二章 神国ニッポン――日本はよそとは違う特別な国なのだ!

  • 神々が求めた「神風」への恩賞
  • 神社向けの徳政令神領興行法
  • 強まる「敬神意識」に押し潰された鎌倉幕府
  • 「神が日本を守った!」−室町時代フェイクニュース
  • 局地的紛争が「元寇の再来」に
  • 対中国外交に見る足利義持の「神国思想」
  • 少弐満貞らはなぜ“盛った”のか?
  • 義持周辺の中国人たちの国際感覚
  • 「朝鮮は日本の属国」−室町の国際意識
  • 「東夷の小帝国」意識

第三章〝人のために神がある〟――「敬神」へのアンチテーゼとしての「撫民」

第四章「国体」の形成――近世に見る「神の国」の復権


第五章 神武天皇足利尊氏――国家の学問介入を象徴する二人

  • 学問へ容喙する「神風思想」
  • 時代祭りから排除され続けた足利氏
  • なぜ南朝が正統とされたのか?
  • 「神武復古」明治政府の「神の国
  • 南朝のヒーローを“抹殺”して“炎上”した久米邦武
  • 北朝天皇は偽物だ!」−明治時代の教科書問題
  • 「世界に一つの神の国」−学問と教育の分離
  • 神武天皇はいない」と言うなかれ!−津田左右吉事件
  • 津田批判の背後に垣間見える陸軍の影


第六章「神の国」か「立憲主義」か――大日本帝国憲法をめぐる議論


第七章「神風」の終末――「神の国」が最後に目にしたもの

 

ちなみにこのエントリが編集者の目に留まったことが本書執筆のきっかけです。この辺「あとがき」にも書いてあります。

sengokukomonjo.hatenablog.com

龍王、のちの今川氏親ーゆうきまさみ氏『新九郎、奔る!』を解説する

『新九郎、奔る!』第10集から龍王についてです。

 


新九郎、奔る!(10) (ビッグコミックス)

 

 

この第10集は今川義忠戦死後の家督争いがとりあえず終結し、義忠従兄弟の今川新五郎範満が家督を相続、駿府の館に入ったところから始まります。

 

小川の長谷川次郎左衛門政宣館に身を寄せた伊都(義忠正室、新九郎の姉の北川殿)と龍王(義忠嫡男)の命が狙われ、新九郎は伊都と龍王を京都に連れて行くことになります。

 

この話、全くのフィクションとは言えません。

 

1487年に義忠娘(作中では亀)と正親町三条実望の婚姻が行われています。駿河からわざわざ上洛してくるとも考えづらいためにそもそも義忠娘、そしてその母や弟(つまり伊都や龍王)は当時京都在住だった、と黒田基樹氏は推定しています。作中ではこの説をもとに話を構成しています。

 

そしてその年、新九郎らは範満打倒の兵を挙げるのです。

 

ここでは上洛した龍王の様子がその後の伏線となっている可能性を見ておきたいと思います。

 

龍王が上洛し、祖父にあたる伊勢盛定(伊都や新九郎の父)に面会するシーンです(60ページ)。

 

そこで龍王は「ぐらあぐらあ」と揺れています。何かあまり身体が頑健そうにも見えません。健康そうな描写の亀との違いが際立ちます。さらに亀はつねに龍王をさりげなくサポートしています。

 

史実では今川氏親は19歳に至るまで「龍王丸」の名前を使い続けています。色々と説はあるものの、元服が何らかの事情で遅れたことは事実のようです。さらに23歳まで花押を使っていません。国内事情か、足利政知との関係かわかりませんが、氏親本人の状態の可能性もないではありません。

 

彼は54歳で死去しますが、晩年は寝たきりとなっていたようで、妻が国務を代行していました。妻は寿桂尼です。そして氏親の死の3年後、母親の北川殿(伊都)も亡くなります。年齢的には十分生きていますし、検地や分国法を制定し、遠江を斯波氏から奪還し、三河国まで力を伸ばすなど、今川家の戦国大名化を強力に推し進めた人物ですが、どこか虚弱というイメージも拭えません。

 

また彼は母と妻が京都出身ということもあって京都文化に通じており、今川義元に代表される京都びいきの戦国大名の基礎を作り上げた人物でもあります。

 

戦国ixaでの今川氏親です。

 

今川氏親(Copyright © 2010-2022 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.)

分国法である『今川仮名目録』は氏親死去の直前なので実際には寿桂尼や北川殿が関係したのではないかと考えられます。

 

寿桂尼です。

寿桂尼(Copyright © 2010-2022 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.)

今川家関係の女性は長生きで、彼女も息子の義元の死を見届けています。

『新九郎、奔る!』第10集出版!ーゆうきまさみ氏『新九郎、奔る!』を解説する

『新九郎、奔る!』第10集が出版されました。

 


新九郎、奔る!(10) (ビッグコミックス)

 


新九郎、奔る!(10) (ビッグ コミックス) [ ゆうき まさみ ]

 

今川義忠戦死後の今川家の内紛の収束、そしてそれに伴う伊都(義忠後室、新九郎姉、北川殿)と龍王(のちの今川氏親)の上洛、長尾景春の乱、応仁の乱の収束、新九郎の足利義尚御供衆の就任と話が動いていきます。

 

このうち私の目を引いたのは伊都らの上洛です。これは黒田基樹氏(本書の「協力」として名前が上がっています)の説です。龍王の姉(作中では亀)が正親町三条実望に嫁いだことから、彼女らが駿河にいたとは考えられない、という所説です。

 

そのきっかけとして今川範満サイド(範満本人は知らない、福島修理亮があやしい雰囲気を出している)による伊都・龍王暗殺未遂が描かれています。これは本書におけるフィクション部分ですが、話としてうまく繋がっていっていると思います。

 

一方、関東では山内上杉氏家宰の長尾景信死後の家宰の地位は、嫡男の長尾孫四郎景春ではなく景春の叔父の長尾忠景が継承することとなり、それに不満を募らせた景春が最終的に挙兵する長尾景春の乱が描かれています。

 

長尾景春の乱は新九郎にとって大きな意味を持ちます。だからこそここまで景春の鬱屈やそれを導いた上杉顕定、そして新九郎とも因縁の関係となる太田道灌が活躍しているわけです。

 

そして応仁の乱の終焉。伊勢貞宗大内政弘を抱き込んで西軍の切り崩しを進め、ついに足利義視と政弘が日野富子献金する形で足利義政への取りなしを頼み、畠山義就は京都から撤退、河内国に攻め込み、政弘は帰国、義視は美濃国に没落していきます。

 

鴨川を渡る時に義視が「停めてくれ」「最後にもう一度だけ都を見ておきたい」と輿を停めたところに新九郎が「今出川様!!」「この川を渡る時に思い出すことがござりませぬか!?」「あなたは・・・人の上に立つべき人ではなかった!」と呼び掛けます。新九郎の兄八郎貞興はかつて義視に仕え、義視をかばって非業の死を遂げています。新九郎としてはその後西軍に投じた義視を許せず、「あの人には言いたいことがある」と言い続けて大道寺太郎や伊勢貞宗を呆れさせています。

詳しくはこの記事をご参照ください。

 

sengokukomonjo.hatenablog.com

 

 

しかし彼はのちに義視の子の義材(義尹・義稙)に仕えています。その時の新九郎と義視の絡みが今から楽しみです。

 

扇谷上杉定正も「五郎」から相模守護、修理大夫と出世していますが、どことなく実直そうな様子は相変わらず、道灌を頼りにし、道灌の暴走をフォローする役回りを演じています。この定正と道灌の関係の破綻が龍王と新九郎、そして今川範満の運命を大きく変えるだけに、定正と道灌の関係が今後どのように描かれるのかも楽しみです。

 

そして最後に義尚の御供衆となって細川聡明丸邸への義尚の御成に従う新九郎、彼のキャリアのスタートで、その後彼は幕臣として40歳前後まで活動します。彼の64年の人生のうち、その2/3は申次衆や奉公衆という幕臣としてキャリアを積み重ねてきたのです。

そしてこの細川聡明丸、のちの政元は新九郎にとっては頭痛の種となります。政元が殺害される永正の錯乱まで新九郎は政元に苦しめられ、政元の死によって新九郎の関東での動きは活発化していきます。

 

こうした史実を念頭に置いて聡明丸が新九郎に語った「我の機嫌を取れ。後々いい目を見させてやるぞ」という言葉はなかなか重い伏線となっています。

 

しばらく第10集におけるさまざまなシーンについて、解説をしていきたいと思います。