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室町・戦国時代の歴史・古文書講座

歴史学研究者、古文書講師の秦野裕介がお届けする室町・戦国時代の知識です。

伊勢貞陸の結婚と明応の政変ーゆうきまさみ氏『新九郎、奔る!』を解説する

『新九郎、奔る!』13集の132ページから新九郎の従兄の伊勢貞宗の嫡男伊勢貞陸の縁談があります。正親町三条公綱の末娘との婚姻です。九代将軍足利義尚の寵愛していた女性が、義尚の寵愛が薄れたため、大御台所の日野富子の仲介で成立しました。そのことについて百四十ページに「彼女が貞陸に嫁いだことが、新九郎の一家の新たな運命を拓くことになるのだが、それはまた後の話」とあります。

 

ここで唐突ですが、明応の政変という事件について説明します。

 

新九郎にもゆかりの深い足利義尚死後(長享3年・1489年)の将軍の行方ですが、足利義視の子の足利義材足利義稙の名前が有名なので以下義稙に統一します)と足利政知の子の天龍寺香厳院清晃(後の足利義澄、以下義澄に統一します)が候補者として名前を連ねます。細川政元は義澄を推しますが、富子は義稙を推しました。結果は義稙が将軍、義視が将軍後見となりますが、義政死後(延徳2年・1490年)に富子が義澄に小川殿を与えたことで義視・義稙が猜疑心を持つようになり、富子・貞宗と義視・義稙の関係は悪化します。

 

義視の死後(延徳3年・1491年)、義稙は管領畠山政長を重用し、将軍権力の強化を目指して六角氏征伐(義尚の遺志の完徹)に続いて畠山基家畠山義就の子)征伐に出陣します。

 

この留守を突いて政元は挙兵し、政長を自害に追い込み、義稙を幽閉して将軍から引き摺り下ろし、代わりに義澄を将軍に据えます。これが明応の政変と呼ばれる事件です。明応2年・1493年のことでした。

 

細川政元が将軍を自分の意のままにしたこと、そしてこれ以降将軍家が足利義稙系統(義稙ー義維ー義栄)と足利義澄系統(義澄ー義晴ー義輝ー義昭)に分裂し、対立抗争を繰り広げたことから、明応の政変こそが戦国時代の始まり、という見方も根強くあります。

 

さて、明応2年・1493年といえば『新九郎、奔る!』の読者であれば、その初っ端のシーンが思い浮かぶことでしょう。

「明応二(一四九三)年 伊豆北条 「鎌倉公方」の御所」「一人の男が 歴史の表舞台に 躍り出た」「室町殿奉公衆 伊勢新九郎盛時 三十八歳!主命により足利茶々丸様の御首頂戴に参上仕った!!」

 

そうです。北条早雲下克上物語の一大イベント、伊豆討ち入りです。一介の素浪人伊勢新九郎が将軍家御連枝の足利茶々丸を弑殺して伊豆国を乗っ取った事件です。

 

実は明応の政変伊勢新九郎の伊豆討ち入りは一連の動きでした。

 

明応の政変で将軍になった足利義澄には同母の弟がいました。潤童子といいます。彼が堀越公方足利政知の嫡男です。しかし庶兄の足利茶々丸が潤童子とその母を殺害し、堀越公方を継承したのです。そして茶々丸に殺害された潤童子とその母の恨みを晴らすべく室町公方の義澄が派遣した室町殿奉公衆こそ伊勢新九郎盛時三十八歳だったのです。

 

この事件は東島誠氏の『幕府とは何か』(NHK出版、2023年)においても取り上げられています。そこでは家永遵嗣氏の、この一連の動きを同時多発クーデタと見る見方が紹介されています。そしてその要こそが義澄の側近の正親町三条実望なのです。

 

実望の祖父の弟が正親町三条公綱で、その娘が伊勢貞陸に嫁いだわけです。ということは、明応の政変は伊勢氏も大きく関わっていたわけですが、新九郎のクーデタも伊勢氏による明応の政変の一部だったわけです。

 

『新九郎、奔る!」における伊勢氏の系図を作成してみました。『新九郎、奔る!』では新九郎は側室の所生となっていますが、実際には諸説ありまして、一般には北川殿と同母とみられています。以下の系図はあくまでも『新九郎、奔る!』仕様となっておりますことをご承知ください。それから北川殿以外の名前(北川殿の「伊都」も含め)は全て架空の名前です。

 

新九郎を中心とする同時多発クーデタの人脈図

いかがでしたか。明応の政変堀越公方の滅亡が伊勢氏を中心とした同時多発クーデタであることがわかると思います。

 

また東島氏の著作では北川殿についても触れられています。北川殿は今川氏親の母親であり、伊勢宗瑞の姉、北条氏綱の伯母にあたります。そして彼女の生前には彼女は今川氏と北条氏の盟主的な存在であった、と東島氏は指摘しています。『新九郎、奔る!』第11集の138ページに伊都(北川殿)が龍王丸(今川氏親)を抑えながら「新九郎!龍王押さえててって言ったでしょう!!」と新九郎に怒鳴りつけているシーンがあります。この一コマだけでも北川殿が北条氏と今川氏の盟主的な存在たりえたことを見事に表現しています。

 

 

 


新九郎、奔る!(13) (ビッグコミックス)

 


新九郎、奔る!(11) (ビッグコミックス)

 

 


「幕府」とは何か 武家政権の正当性 NHKブックス