拙著『乱世の天皇』見どころ6ー後花園天皇の晩年
後花園天皇(厳密には上皇、以後全て後花園天皇に統一する)の出家は帝王不徳の責めを感じて出家したのは事実ですが、それはいわゆる引責辞任というようなものではありません。後花園天皇は閉眼の直前まで、さらには死後もなお「戦い続けた天皇」でした。
拙著『乱世の天皇』は事実上後花園天皇の評伝です。あまり知名度はありません。何しろ「後花園天皇と応仁の乱」という演題でご来場の皆様にお尋ねしたところ、80人中二人しかご存知なかった、とか、亀田俊和氏の『観応の擾乱』(中公新書)の出版が決まった時に「あの亀田さんが『観応の擾乱』を出すとは素晴らしい!」と感動していた弟も後花園天皇について「誰や?」と言っていた、とか、後花園天皇推しの私の周りには「後花園天皇、誰?」感がただよっています。
室町時代の天皇というのは長らくマイナーな分野で、私からすれば意外と一般書も出されている、という印象ですし(今谷明氏の『室町の王権』(中公新書)と一連の業績とか)、この20年ほどは研究が着実に前進している、と思うのですが、まだまだマイナー感はたっぷりです。
渡邊大門氏も『奪われた三種の神器』(講談社現代新書、のち草思社から再刊)、『戦国の貧乏天皇』(柏書房)で室町・戦国時代の天皇を論じ、その中で後花園天皇も多く出ています。
今年に入ってに来て久水俊和・石原比伊呂両氏の編による『室町・戦国天皇列伝』(戎光祥)、久水俊和氏の『中世天皇葬礼史』(戎光祥)、石原比伊呂氏の『北朝の天皇』と室町天皇本が続いて出されています。そこに便乗するかのように拙著『乱世の天皇』(東京堂出版)も出版されたわけですが、実は忘れてはならないのは2018年に石原氏は『足利将軍と室町幕府』(戎光祥)を出していらっしゃいます。これは題名に「天皇」「朝廷」が入っていませんが、朝幕関係について丹念に分析した書物です。
この一連の著作の中で拙著のアドバンテージといえば「後花園天皇に特化している」です。一方致命的な欠陥は、といえば「後花園天皇に特化している」です。どちらにせよ私の溢れ出る後花園天皇愛を思う存分発揮した書籍です。
その結果、後花園天皇の晩年についてもいくつか新しい見方を提起できるようになりました。知名度のほぼない後花園天皇ですが、治罰綸旨とか、足利義政への漢詩による叱責はいささか有名なネタです。そしてこれらから後花園天皇の名君伝説も作られるわけですが、特に治罰綸旨に関していえば、綸旨をばらまいて混乱に拍車をかけただけ、という批判も見られます。
それはその通りで、うまくいくこともあれば、単に混乱に火を注ぐだけ、ということもありました。
そして拙著ではそのことに関する後花園天皇の苦悩に初めてクローズアップしたのではないか、と自負しています。晩年に彼は出家しますが、それは帝王不徳の責めを負って出家し、引責辞任のようなイメージを受けますが、それは正しくありません。
彼は出家後も治罰院宣を出し続け、特に後南朝の壊滅のために執念を燃やし続けます。そして晩年の後花園天皇の執念の原動力は、私は弟の貞常親王に送った手紙にあると思います。
後花園天皇の貞常親王宛の手紙には後花園天皇自身の戦争責任に触れられており、出家の覚悟が載せられていることから、この時の手紙の隠遁の願いと、実際の出家を一連のものとして後花園天皇の厭世的な隠遁願望とその実現と把握する傾向があるように思います。
しかし後花園天皇のその後の動きを見れば彼が隠遁する気が全くなかったことが伺えます。
貞常親王に送った書状は、確かに出家して伏見に隠遁したい、という願望を出していました。そこには具体的な決行の日時まで記されていました。しかし後花園天皇はそれを実行せず、逆にそれ以降も応仁の乱の収拾のために奔走します。出家の願いを出したころの後花園天皇の心情と、実際に出家を遂げた時の心情は全く異なったもの、と見なければなりません。何があったのでしょうか。拙著では一つの可能性を提示しています。
そして貞常親王は後花園天皇の死直後に後花園天皇の無念な心情を書き記しています。貞常親王によって記された後花園天皇の無念な心情についても拙著で論じています。
後花園天皇自身、自らが取り返しのつかないことをしてしまったことを自覚し、自らの良心の呵責に苦しみながらこの世を去ったのです。
その意味で拙著の表紙は後花園天皇によって引き起こされたこの世の地獄と、その責め苦を生きながらにして背負っていた後花園天皇の苦悩を見事に表したものと考えます。
観応の擾乱 室町幕府を二つに裂いた足利尊氏・直義兄弟の戦い (中公新書) [ 亀田俊和 ]
文庫 奪われた「三種の神器」: 皇位継承の中世史 (草思社文庫)
足利将軍と室町幕府―時代が求めたリーダー像 (戎光祥選書ソレイユ1)
北朝の天皇-「室町幕府に翻弄された皇統」の実像 (中公新書 2601)