伊勢盛頼と今川氏の揉め事ーゆうきまさみ氏『新九郎、奔る!』を解説する
伊勢盛頼ー新九郎の従兄であり、東西に分けられた荏原郷の権益をめぐるライバルであり、京都で生まれ育って在地での経験の全くない新九郎のよき指導者ともなる人物です。なかなかいい味を出しており、私は結構好きな登場人物です。
第6巻83ページでは在地の厳しい現状を新九郎にアドバイスしています。
新九郎、奔る!(6) (ビッグ コミックス) [ ゆうき まさみ ]
那須修理亮家と伊勢掃部助家は領地争いを引き起こしますが、京兆家内衆で新九郎の知り合いであった庄元資の仲介で和解します。その時に揉め事の発端となったという「下人」が那須方より差し出され、伊勢家がその「下人」を処刑しますが、処刑後盛頼がぼやきはじめます。
盛頼「いくら地侍の下人と言っても あんなみすぼらしい下人があるか。あの場では言わなかったがな。」
新九郎「え?ではあの解死人は・・・沼之井十郎(争いの原因となった地侍)の下人ではないと?」
盛頼「身代わりだよ。おおかた那須は他国からの流人でも捕らえて飼っていたんだろうよ。」
新九郎「では本人が何をしたというわけでもないのに首をはねられたのか。哀れなものだな。」
平井安芸守(備前守家家臣)「お情けもよろしいが、諍いが大きうなれば、誰かが死なねば収まりません。ああいう者が必要になります。」
盛頼「そういうことだ。ああいうのを用意しておかぬと、つまらぬ諍い事で忠義の家来や下人を相手に差し出すことになるぞ」
なんとなく浮かない顔の新九郎
在地の厳しさを思い知る新九郎ですが、ここでの経験(他に笠原美作守から「水泥棒と疑われただけで、人の形がなくなるほどに打ち殺されまする。」と言われ、「それほどまでか。」と緊張して「ゴク」と喉を鳴らしています(第7巻30ページ)。
日々しっかりした在地領主として先輩方に鍛えられ(父伊勢盛定やもう一人の従兄の伊勢貞宗は完全に幕臣で在京ですから領地経営に携わることはありません)、立派な北条早雲を目指して成長中の伊勢新九郎ですが、彼のもう一つの活躍の場が今川家です。姉の伊都の嫁ぎ先ですが、第8巻の最後で今川義忠に矢が当たり、事態は急展開し始めます。
以前に伊勢盛定(伊勢備前入道正鎮)が鎧を売却した話をアップしました。
同じ『政所賦銘引付(まんどころくばりめいひきつけ)』文明十年(一四七八)十月二十七日に次のような話があります。
伊勢掃部助盛頼 十 廿七(十月二十七日)
今川上総介の雑掌の妙音寺法音僧の借金九十貫文の事、法音が死去したので相続した弟子が返済するように下知した
今川上総介はこの二年前に戦死した今川義忠、雑掌というのは在京の雑掌のこと、つまり今川家京都事務所のようなものです。
どうやら盛頼は今川上総介関係者に九十貫文(ざっくり900万円)もの大金を貸していたようで、その担当者が死去し、相続が発生した段階で貸し倒れを警戒して融資を引き上げた、というところでしょうか。
このころ今川義忠正室の北川殿と嫡男の龍王丸(氏親)は京都に逃れていた、とも考えられており、今川上総介家(とその外戚の伊勢備前守家)は出費が嵩んでいたのかもしれません。それで伊勢掃部助盛頼が助け舟を出していたものの、融資を引き上げ、盛頼の訴えを受けた政所執事の貞宗もやむなし、と盛頼の債権回収を認めたのでしょう。
8巻の64ページでは盛頼と新九郎が金貸しの丁子屋で出会うシーンがあります。伏線になるのかならないのかは分かりませんが、当分は盛頼の活躍が見られそうで、すっかり盛頼ファンになってしまった私としては盛頼の活躍がますます楽しみです。