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室町・戦国時代の歴史・古文書講座

歴史学研究者、古文書講師の秦野裕介がお届けする室町・戦国時代の知識です。

文正の政変ーゆうきまさみ氏『新九郎、奔る!』を解説する

ゆうきまさみ氏の『新九郎、奔る!』の最初は三十八歳の新九郎が堀越公方の御所を襲撃するシーンから始まりますが、そこから十一歳の千代丸に戻ります。そしてその千代丸が伊勢宗家に同居する実父の伊勢備前守盛定の邸に引き取られてすぐに起きたのが文正の政変です。

 

『新九郎、奔る!』では伊勢家から見た文正の政変が描かれています。

 

伊勢貞親足利義政の養育先であった縁で、貞親の嫡男の伊勢兵庫助貞宗(新九郎の従兄)が義政の長子の義尚(作中では春王)の養育先となっています。

 

ただ義政には後継者に足利義視がおり、伊勢家としては義視が将軍となった場合、旨味がありませんので、義視を排斥して義尚を後継者につけようと画策します。

 

とここまで書いてきて気づく方もいらっしゃるかもしれません。義視を排斥して義尚に跡を継がせようとしたのは日野富子ではないのか、と。これについては現状の有力な説では明応の政変後に作られた『応仁記』の捏造で、日野富子はこの問題に関しては「冤罪」である、とされています。

 

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実際義視に将軍になられて困るのは伊勢貞親です。この辺は『新九郎、奔る!』第1巻37〜38ページで盛定が「盛定スクリーン」を使って説明しています。盛定は義視が将軍後継の座を返さないことを問題視し、それに対し貞宗が「もし後から男子が生まれても将軍位は今出川殿(義視)に譲る」という約束があることを指摘するなかで「この約束には春王君の御生母ー御台所の富子様も異を唱えておりません」と発言しています。この辺は富子研究の新しい動向を踏まえています。

 

貞親は義視に謀反の疑いありと義政に讒言し、その結果を受けて貞親は「今宵のうちに今出川殿を囲み、明朝、御所(義政)の命が届き次第、御切腹いただけるよう準備をいたせ!」と動き出します。この時居合せた千代丸の頭をポンと撫でて優しい顔で「今宵は寝んでおれ」と言います。しかし翌朝には大名(たいめい)たちに囲まれており、貞親は失脚しました。その夜に貞親は近江国に逐電し、文正の政変は終わります。

 

伊勢家から見れば、義視の排斥に失敗して貞親と盛定が失脚した、という顛末ですが、これに関連して色々な人物がとばっちりを食っています。

 

そもそもこの文正の政変のもう一つの本質は、足利義政による専制政治があり、義政による将軍親裁政治を支えてきたのが伊勢貞親と季瓊真蘂でした。

 

季瓊真蘂は赤松氏の一門の出身で、相国寺鹿苑院の蔭涼軒のトップである蔭涼職を務めていました。幕府の宗教政策や外交(外交文書を執筆)、財政などに大きな影響力を持つ蔭涼軒のトップに足利義教の引き立てで就任した季瓊真蘂は、嘉吉の乱で義教の首を赤松満祐から受け取る役割を果たしています。その後は一時引退していましたが、義政の引き立てで政務に復帰し、貞親と共に義政を支える柱石となっています。

 

義政の親裁は細川勝元山名宗全連合と衝突しながら守護大名家への家督介入を繰り返し、武衛騒動(三管領の筆頭の斯波武衛家のお家騒動、斯波義敏斯波義廉の争い)を引き起こします。

 

話がややこしくなったのは、義政が幕府に反抗していた斯波義敏畠山義就大内政弘の三人を赦免し、細川・山名連合への対抗馬としようとしたことがきっかけです。

 

義敏復帰の中で立場を失った斯波義廉山名宗全と結びつくことを図り、また大内政弘畠山義就山名宗全と距離を縮めていきます。その背景には義政への不満があったのではないか、と見られています。

 

またこのころから磐石だった宗全と勝元の関係も少し離れていきます。

 

呉座勇一氏の『応仁の乱』によると、義視への早期の家督継承を望む山名宗全と、義視への家督継承に反対する貞親ら義政側近グループの対立と、義視への家督継承を望みながらも早期には求めない中間派の細川勝元という図式になっていたようです。

 

そのような中、貞親ら義政側近グループが仕掛けた政変が文正の政変です。

 

結果は義政側近グループの壊滅となり、義政は政治的に無力となります。このまま宗全と勝元の連携が続けば、義政はほどなく義視に将軍を譲り、勝元・宗全連合による幕政が続いたことでしょう。

 


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